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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1072号 判決

控訴人

日本電信電話公社

右代表者

米沢滋

右指定代理人

伴陽之輔

外五名

被控訴人

石原節

右訴訟代理人

上田誠吉

外二十一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は原判決の事実摘示と同一である。

証拠関係は、原判決の事実欄の記載を引用するほか、当審において新たに提出援用されたものについては当審記録中の証拠目録に記すとおりである。

理由

当裁判所は被控訴人の本訴請求を認容すべきものと判断するものであつて、その理由は、原判決の理由として記すところを引用する(但し同判決(三)(1)(ロ)「原告の所属する」とあるのを「原告の所属した」と訂正する)ほか次のとおり附加する。

(一)  「ベトナム戦争反対」「ベトナム侵略反対」その他これに類する言葉もしくはスローガンが、我が国において、特定の政党、特定の主義、主張に立つ人々、あるいは労働組合によつて特に強く唱えられ、なかでもこれをプレート等によつて表現することにおいてそうであり、ためにこれら意思の表現が狭義の政治活動、組合活動とまぎらわしくなつていることは明らかである。

しかしながら、ベトナム戦争の早期終結による平和の恢復は、世界各国国民の熱望であり、殊に悲惨な戦禍を経て、戦争放棄を憲法に明記するにいたつた我が国国民大多数の悲願であり、そのため米国その他第三者たる大国がベトナム戦争に直接、間接を問わず軍事的に介入することの停止を求めることも、我が国民大多数の切なる念願であることは、すでに顕著な事実というべく、そのことは程度の差はあれ、昭和四二年頃においても変りないところである。

被控訴人の本件プレート着用行為は原判決認定のとおり米国のベトナム戦争への軍事介入に反対する意思を表現したものに外ならないが、右は、同判決認定のごとく、我が国の平和を願う気持に出たものであり、特定の政治的意見に基づく政治活動でもないし、一部の人々の政治的意見、あるいは一党一派の政治政策を表現したものというべきものではなく、前記の我が国民一般の意思を表明したものというべきである。従つて被控訴人がその、職場において本件のような方法で本件プレートを着用しても、他の職員の対抗的政治意識を刺激するなど、職場の正常な事務の遂行の妨げとなることはなく、また控訴人公社の政治的中立性に背くこともないものと認められる。すなわち被控訴人の本件プレート着用は憲法上公社職員としての被控訴人に許された自由な意思表現行為の範囲に属するものということができる。

この点からいつても、被控訴人の本件プレート着用行為を控訴会社就業規則第五九条第一八号により懲戒事由とされる同第五条第七項にいう「政治活動」に当るとはいえないと解する。

(二)  被控訴人の本件プレート着用行為およびその取り外しを命じた上長の命令に服しなかつた行為が何れも就業規則所定の懲戒事由に該当しないとすれば、被控訴人の本件ビラ配布行為が、形式的には同規則第五条第五項に違反し、同規則第五九条第一八号所定の懲戒事由に該当するとしても、違反の情状は極めて経微で、これを理由に被控訴人を懲戒処分に付したことは明かに控訴人公社に自由裁量の範囲を超えた違法があり、懲戒権の濫用といわざるを得ない。

(三)  本件のすべての証拠によるも前記の認定、判断をくつがえすことはできない。

以上のとおりで、被控訴人の請求を認容した原判決は正当で本件控訴は理由がない。

よつて控訴を棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(谷口茂栄 上野正秋 田尾桃二)

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